2012.04.29

父のこと その3

 私は、両親が父の病状について主治医の先生から説明を受けた時に、
同席しなかったことを悔いていた。
なので、今度主治医から何か説明がある時は絶対呼んで、と両親に強く頼んでいた。

こんなにも早く、しかも先生の方から話しましょう、と言ってくれたことで
私は嬉しくなり、張り切って、メモとボールペンを片手に先生の後に付いて病室を出た。

部屋に入り、何枚にも撮られた父の胃の中の写真を見ながら、
詳しい説明を受けた。

そして治療について。
父の病気は、抗がん剤治療をしたら6〜7割の確立で完治する可能性がある、ということ。
79才、という年齢を考えながら、抗がん剤の量を調節して治療を続ける、ということ。
日常生活が損なわれるような副作用が起こる治療は、しない、ということ。

「じゃあ、朝から晩までゲーゲー吐いたり、もうよれよれになって・・・、という風には
 ならないんですか?」
「普通、この年齢を考えた時、そこまではしません。ま〜でも髪の毛は抜けるでしょうね。」
「そんなの、髪の毛くらい全然いいです!今だって殆どないんですから。
 それよりも、吐き続けたり、食欲がなくなってやせ細ったりすることが心配で・・・。」
「あ、それはまず大丈夫ですよ。それこそ、そんな事してたら治療価値がありませんからね。
 ちょっと胸悪いかな、くらいですね。でも、回を重ねる毎に、手がしびれてくることはあるかな。」
「物が持てなくなったり、ですか?」
「持てなくなるほどの治療はしません。ピリピリする、くらいですかね。」
「そうなんですか・・・(笑顔)」

「いや〜、私、月曜日にここに来て、びっくりしたんです。何も知らなくて・・・。」
「あら〜、ごめんなさいね。80才くらいのご夫婦なら、子どもさんをお呼びすること
 多いんだけど、○○さん(父)、しっかりなさってるから、大丈夫かな、と思ったのよ。
 呼んだら良かったね〜。」
「いえいえそれは、うちの両親も、私を呼ばなかったからこちらも悪いんです。
 でも、今日お話し出来て良かったです。」

そんな風に、主治医の先生との話が終わった。
聞きたいことがあったら、いつでも看護師を通して呼んでくれたら、時間を取るから、
と約束してくださった。
印象は、気さくで感じの良いお姉さん、といった感じ。
ベテラン女医の厳めしい雰囲気は皆無だった。

そして、最初の日に家族で説明を受けた時、若い医師が言った「寛解」という言葉を、
この先生は最後まで使わなかった事に気づいた。
母が病室に持ってきている熟語辞典でこの言葉を調べてみたら、載っていなかった。
辞書にも載ってない専門用語を、ド素人の患者の前で何の説明も付けずにさらっと使う。
この医師は、机上の知識だけで、患者に接しているんだ。
こんなのダメダメ医師だと思う。

正しくは、父の病気に完治という言葉が使われることはない。
どの説明を読んでも、寛解(一時的に症状が軽くなったり消えたりすること)という言葉が載っている。
その言葉の意味には、再発の可能性が含まれている。
リンパの癌だから、例えば胃ガンのように、すっかり取り除くことが不可能だからだ。
でも、父の年齢を考えた時、寛解期に入れば、それは治った、と表現しても良いと言える。

母は、父はガンではない、と主治医の先生が言っていた、と言い、今でもそう思っている。
それは、正しいわけではないが、間違ってもいない。
ガンの定義は色々あるらしい。
取り除けるものがガンだとしたら、白血病も悪性リンパ腫も、ガンの分類からは外される。
ガン=死というイメージが強い中で、
そういう所にすがって希望を持つ、という方法もある。
そういう選択肢を、主治医の先生は、医学に無知な年より夫婦に与えてくださっている、
とも言える。

話の最後に主治医の先生が、
「ご家族の中で、おひとりキーパーソンを決めていただけますか?
 病状の説明の時、必ずいる人を一人。」
と言われたので、
「私です。」
と迷いなく言った。

父は当人だから難しいこともあるし、母は性格的にも年齢的にもお手上げだし、
姉はパートで忙しい。
姉の主人が何かと力になってくれようとするが、
はっきり言って、デリケートな領域に他人に入ってもらいたくない。
私の主人は、私が頼った時だけ助けてくれるだろう。

家族の了解も得た。
主治医との相性も良さそうだし、
これで決まり。

やっと、前に進む準備が整った。

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