2014.05.31

ママ友

 母親になって、
子育てを通して出来た知り合いは
数知れない。

こういう出会い方をしたら
その人のそれまでの人生遍歴を
ほとんど知らないで
おつき合いが続くこともある。

子どもの幼稚園時代から
ずっと一緒のあるお母さんが、
園の同窓会で話しをしていたら、
「私のダンナ、もと暴走族。」
と言ったので、びっくりしたことがある。

私は、この出会いもまた、
面白い、と思った。

子育てしてこそ
色んな生き方をしている人と
接する機会がある、と言える。

こういう経験を毛嫌いする人は、
(たとえば、暴走族、と聞くだけでひいてしまうような人)
事前にクンクンと鼻を利かせて(?)、
友達をより分けて、選ぶ。

これは、
セレブ風の人たちか、
はたまたヤンキー風の人たちに多いけど、
それ以外でも、
まず、自分たちが群れて、
そこから子どもの友達の輪を
広げていこうとする人たちがいる。

そういう人たちは
保護者会などでは必ず一緒に行動し、
席は必ず隣同士に座る。

私は、子どもの学校内で、
母親同士が群れたり
〜ちゃん、と呼び合ったりするのには
どうしてもついて行けず、
そういう光景を遠目に見る立場の人に
なってしまった。

時には、参観日などでも
誰も知り合いに出会わず、
誰とも話さずに帰る日があると、
そういう人たちがふと羨ましくなることも
あることは、あった。

でも
子どもが三人いて、
幼稚園、小学校、中学校、と経てみると、
気づかないうちに、
数え切れないほどの知り合いが
出来ていた。

その中で
私は出来るだけ
色んな人と話しをし、
子育てを通して
共感できる部分を大切にしようと
心がけてきたつもりだった。

より好みしない分、
カルチャーショックも多々あったし、
傷つき、打ちのめさせられることも、あった。

志が大きすぎた、
やはり、選ぶべきだったか、と
後悔したこともあった。

これは、
一対一ではない関係だからこそ
起こる葛藤だった。

常に、間に子どもがいるからだ。

私は子どもに、友達を選ぶことを
教えたくなかった。

でも、そんな
波乱万丈なつき合いの中でも、
きら星のごとく、
私の心を照らしてくれる人たちも、いた。

そんな人たちとは
今もおつき合いが続いている。

思えば、
その人たちのこととて、
結婚前や子育て前の遍歴は
何も知らないに等しい。

それでも、
その人が好きで、信頼できて、
困った時に頼り、また手を差し伸べたいと
思える、友。

その人たちとは
これからも、長い長いおつき合いになる。

なぜなら、
子育てには終わりがないのだから。

母親として、人間として、
成長し続けるだろうお互いを、
見つめ、励まし、称えて、
もしかしたら、
人生の最後までも
見届けることにもなるだろう、友。

そこが、
学生時代の友達とは
違うところだ。

こんな風に出来た友達を、
私は、ママ友、とは
呼ばない。

ママ友、と呼んでしまうと
あまりにも、軽すぎる。

そういう意味では、
私には、
ママ友はいないのである。






 

 
関連記事
スポンサーサイト