2014.09.30

耐えること

 次女が学校から、
目を腫らして帰ってきた。

少し前から友達と揉めていて、
今日、先生を交えて話し合いをしたそうだ。

泣いたの?
と聞いたら、うん、とうなずいて
又泣き出した。

つらかったんだろうな。

そう思う。

詳しい事は聞いていない。

先生からも、連絡はなかった。


夕飯を作りながら、
考える。

話し合いになったのは、
相手の女の子の母親から
担任の先生への訴えがあったから、
だそうである。

と、言うことは
その母親には、被害者意識があるのだろう。

次女が泣きはらして帰ってきた、ということは、
先生から、何らかのお咎めがあったかと思われる。

次女は、私の前で
自分を正当化しようとはしない。

ただ、私に抱きついて一泣きして、
もう、解決したから、と
洗面所に手を洗いに行った。


私は、
今まで知っている流れの中で、
次女だけが一方的に悪いとは思わない。

何かがあって、それに対しての防御法として
したまでのことだと思っている。

悶々とする中、
先生から、フォローの電話くらいあってもいいのに、と
もうすぐ7時を指そうとする時計を見る。

新任の若い先生だし、
そこまで気も手も回らないのだろう、と
気持ちを収めた。

すぐ近くのコンビニで働いている
その子の母親の顔を思い浮かべる。

しばらくは、そこには買い物に行くのはよそう。

そう思いながら、
何の、これしき、と思う。

多感な中学生女子にとって、
こういう場面は多々はる。

親が子供の痛みを全て理解し、
全力で守ってやろうとすることも
中学生では、なかなか難しくなってくる。

どこまで干渉し
どこまで突き放すか、という判断も。

耐える事。

これを、教えていくしかないような気がした。

私も一緒に覚えて行こう。

それでなくても
世の中は、理不尽だらけ。

何の、これしき。

そう思う。








関連記事
スポンサーサイト